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第一回 大志塾オープンセミナー 「事業盛衰の分岐点はここだ」

平成20年4月18日に開催された、大志塾オープンセミナーのダイジェスト動画です。

 

 

失われた和と寛容の精神

伝統のある日本人が、残念ながら昭和二十年の敗戦によって、「今までの日本の文化とか伝統というものは、全て駄目だ」と言って放棄してしまった。ここに大きな問題があると思うのです。むしろ日本人は、いわゆる寛容の精神、『和を以て貴しとなす』という聖徳太子の言葉がありますが、そうではなくて、それ以前からあったのを、ただ憲法の文章に入れただけです。

元々和を貴び、寛容の精神を以て、全て受け入れた。しかしその土台にあるのは何かと言うと、大自然の意思に従って行う。今流に言えば、神様の意思によってと言えばいいのかも知れませんが、神という言葉よりは、むしろ大自然の意思を受け継いで、それにしたがって行動する。色々なものを受け入れながらも、日本独自の文化にしていったという良さというのが、日本民族の根底にあったのです。しかし日本人は、これを敗戦の時に投げ捨ててしまったのです。

もう一つ変わったのは、昔日本人は「人のために」、要するに自分以外の人の為にと言うのが、基本であったのです。それが父・母のためであったり、子供さんのためであったり、或いは夫、妻のためであったり、家族のためであってもいい。とにかく自分以外の人の為にというのが基礎にあった。それが友人・知人に広がり、郷土愛に広がり、それが会社になった時には愛社精神に広がり、その最たるものが愛国心としての、国を愛するということであった。

ところがそれが今は百八十度転換して、「自分さえ良ければいい」と言う風潮に変わってしまった。それが個人においても、企業においても。ですからいろいろな薬を使っていたり、 或いは表示を偽っていたりという形で現れているけれども、元は「人の為に」ということが、「自分さえ良ければ」という百八十度の転換をしたところにあるのです。この二つの点 、寛容の精神を忘れたということと、人の為にという、これを忘れたところに、日本人の良さが全て消えてしまったのです。

 

大志塾の流れ

私の方では日本の国をどういうふうに運営していくのかという『国家経営塾』を作りたい。しかし、いきなりそれを言ってもいけないだろうから、志のあるものに『大志塾』に集まって頂いて、その中から各人の経営母体を成長させるとともに、その中から総理を出そう、政治家を出そう。そして経営者としてそれを応援するグループを作ろうという流れにしたいと思っております。成るか成らないかはこれからですが、『大志塾』としては、皆さんにお教えをするというよりは、ここでお話したことを皆さんに身に付けて頂いて、実際に日常生活の企業運営に生かして頂きたい。 >

 

事業盛衰の分岐点 〜一代で大きく伸びる場合〜

一書店から世界の書店になったという、某有名書店のM様。M様が大きく伸びた例の、一番のポイントになるのは何だろうか。その書店ということに天命を感じたということでございます。その仕事の本質をどれだけ捉え、その本質から物事を見、また実際に行動していくかということが大事なんですよということで、松原さんの場合にはこの出版のお仕事と言うものを、単なる本屋さんと言う捉え方ではなくて、文化の発信の場所であると言うふうに捉えていったというところが、大きな特徴ではないかというふうに思います。本質を文化の発信だというふうに捉えたために、いわゆる世界中に日本の文化を紹介したいということで支店を設け、また外国の文化も受け入れるというふうな発想をされて、そういったところから、当時としては大手出版取会社を通さないと、本の流通ができなかったのを、自分の所では独自にできると言うシステムをとられていって、情報システムについても独自のものを作っていった。そういうふうな、自分の職業の本質は何かと言う事を、よく捉えていくことが大事ではないか。

 

物事を考える基準

物事を考えるときの基準として、私は「表、それから裏・横と考えていきなさい」と申し上げております。表というのは自分自身のことです。だから企業に置き換えれば、自分の会社と思っていただければいい。

自分はこういうことをしたい。それに対して裏というのはいわゆる相手です。企業の場合ですと、競争相手の場合もあれば、来てくださるお客さんという捉え方も出来ようかと思います。 横というのはいわゆる第三者です。一般の人はどう思うだろうか。国全体から見たらどうだろうか、ということです。この三つを、考える材料に入れて頂きたい。常にこれを考えて、自分はこうしたい。しかしそれにはライバル会社があるかも知れない。

しかし、社会全体の流れからすれば、これでいけるかどうかという材料に使う。表・横・裏と言うことを、いま問題になっているのを当てはめて見るといいのです。そうするとこれにゴーをかけていいのか、ここはちょっと待ったを掛けた方がいいのかという形になってこようかと思うのです。案外分かりいいけれども、こういう考える根拠がないと、見過ごしてしまうのです。なんとなくその時の自分の感情というか、まあ、何とかなるだろうというので発進してもらっては困るのです。従って表・横・裏ということを考えてもらう。

ですから、横の場合には第三者。ここのところは自分、相手、そして第三者というふうに置き換えて見る。あるいはこれは国であるとか時流。その時の時の流れというふうに書き換えてみると、全部表・裏・横というのを中心にして、ここへ入れるのは、それぞれ皆さんが入れ替えて頂いて結構です。そういうふうにして考える基になる所を作っておかないと、その時の感情で流されてしまいます。それでいま時流はどうなのか。あるいは社会的な背景は、どうだろうかと、見て頂きたいと思います。

 

 

質疑応答

〜どこからがマンネリと言えるか〜

○○様 マンネリから衰退になってくる。自分としてはマンネリでない積りでいるのかも知れないけど、マンネリである。マンネリの判断と言うものは?

藤原会長 ハイ。新しいものを生み出すものがないと、もうそれはマンネリです。というのは、皆さん平行感覚というか、一時期水平思考というのが流行りましたけど、自分は地球に平行に走っている積りというか飛んでいる積りであっても、地球に引力があるでしよう。気がついたときは落ちていますよ。これがマンネリなんですよ。だから常に角度を一度か二度でいいから、上を向けておいて、そして引力で引っ張られて、丁度平行に行っているのです。だからそう意味で、昨日より今日、今日より明日ということを、言っているのです。

皆さんはどうもそういうことを言うと、言葉だけ覚えてしまうのです。そうではなくて、自分のやっているお仕事の中に、例えばこの部分だけでも改善しただろうかとか、この部分はどうだろうかという、会社全体のいろんなところがあるから、全部一斉にと言うのは難しいけれども、今月はここのところを中心にしようとかいろいろして、そして改善をするという姿勢があると、マンネリにはならないのです。 だけどそういう姿勢そのものがなくて、ただ一年過ぎたよ。売り上げ見たらあがっているじゃないかというふうなことをやっていると、それはマンネリなんです。

 

〜伝統を守るか、革新を進めるか〜

T様 創業者の思いに立ち返るということも、そういった自分がいながら、何か始めたいという思いを持つときもある

藤原会長 今の企業と全く別のものなのか、その企業の中で新しい部門を作っていこうとするのかによって、後の判断が大きく違うのです。だから起業者の精神プラス自分の創意工夫というのであれば理想的なのです。しかしそれは全部ぶっ壊して新たに作ってやろうと思うと、危険性は先程言った終戦の時と同じなのです。今までのあれは全部駄目だからと。その危険性を伴うのです。

 

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